- 金劔宮は日本三大金運神社ではなかった?現地で社務所に聞いて分かった「金運」の真相
- 結論|金劔宮は「日本三大金運神社」を名乗っている神社ではなかった
- 「撮影をご遠慮ください」の掲示が、すべての始まりだった
- 社務所で聞いた「金劔宮」とネット情報との違い
- 船井幸雄氏の『イヤシロチ』と金劔宮について
- 「最強の金運スポット」といわれる乙劔宮も、話を聞くと印象が変わった
- 金劔宮の金運守りは品切れだった
- 金劔宮の「三種の神器お守り」と御札をいただく
- 金劔宮では現在、御朱印をいただけなかった
- 金劔宮の七社巡り
- 石清水薬師不動尊のすぐ近くには「金劔宮の不動瀧」
- 金劔宮境内のみどころ
- 「日本三大金運神社」を三社巡って、私が考えたこと
- 金劔宮を参拝して分かったこと|「金運」だけを見て帰るのはもったいない
- 金劔宮の御祭神|主祭神は天津彦彦穂瓊々杵尊
- 金劔宮の由緒|紀元前95年創建と伝わる古社
- 金劔宮へのアクセス
- 金劔宮についてよくある質問
- まとめ|「金運」だけでは語れない金劔宮を実際に歩いてみて
金劔宮は日本三大金運神社ではなかった?現地で社務所に聞いて分かった「金運」の真相
石川県白山市に鎮座する金劔宮(きんけんぐう)。
インターネットで検索すると、
「日本三大金運神社」
「最強の金運パワースポット」
「経営者が訪れる神社」
など、金運にまつわる情報が数多く出てきます。
私自身も、その情報を信じていました。
すでに「日本三大金運神社」として紹介されることの多い山梨県の新屋山神社、千葉県の安房神社を参拝しており、今回の金劔宮参拝は、私にとって三社目。三大金運神社をすべて制覇したことになる。今後は一生遊んで暮らせるぞ、そんな下心もあっての参拝でした。
ところが――。
実際に金劔宮を訪れ、境内を歩き、社務所で神社の方から直接お話を聞いたことで、私がインターネットで得ていた情報とはかなり違う金劔宮の姿が見えてきました。
この記事では、
「日本三大金運神社」と呼ばれる金劔宮を訪れた私が、現地で実際に見て、聞いて、歩いて分かったこと
を、自分で撮影した写真とともに紹介します。
なお、境内には写真や動画の撮影・ネット掲載について注意を促す掲示があります。
私はこの掲示を見たため、社務所でブログへの写真掲載について確認したうえで記事を作成しています。

【写真:金劔宮北参道と拝殿】
「日本三大金運神社」として金劔宮とともに名前が挙げられることが多いのが、千葉県館山市の安房神社と山梨県富士吉田市の新屋山神社です。
私はこの2社にも実際に参拝しています。安房神社、新屋山神社については、それぞれ参拝時の写真とともに詳しく紹介しています。
▶ 安房神社|日本三大金運神社の一社を実際に参拝
▶ 新屋山神社|富士山麓の金運神社を実際に参拝
結論|金劔宮は「日本三大金運神社」を名乗っている神社ではなかった
最初に、今回の参拝で最も驚いたことから書きます。
私は金劔宮を「日本三大金運神社」の一社だと思って参拝しました。
しかし、社務所で実際にお話を聞いてみると、神社自身が「日本三大金運神社」と称しているわけではありませんでした。
むしろ、インターネットなどを通じて金運に関するさまざまな情報が広がっていることに、神社側も困惑している様子でした。
ここは、とても大切なところです。
金劔宮に金運に関する信仰が「一切ない」という意味ではありません。
実際、金劔宮では金運守りも授与されていますし、地域の観光案内にも金運に触れた紹介があります。
一方で、白山市の公式情報では、金劔宮は古くは「劔宮」と呼ばれ、鶴来という地名の由来にもなったとされる古社として紹介されています。石川県の公式観光情報でも、古来「白山七社」の一つ、「白山第一王子」と称された歴史ある神社として紹介されています。
「日本三大金運神社」というインターネット上のイメージだけでは、金劔宮本来の姿を十分に伝えられない。
現地で話を聞いて、私はそう感じました。
「撮影をご遠慮ください」の掲示が、すべての始まりだった
今回、思いがけず社務所でお話を聞くことになったきっかけは、境内にあった一枚の掲示でした。

【写真:参拝者への撮影・ネット掲載についての掲示】
そこには、許可なく動画を撮影することや、撮影した動画・画像を断りなくネット上へ掲載することを遠慮してほしいという趣旨のお願いが書かれていました。
そして、
「神社は動画や写真を撮るための場所ではなく、心静かに参拝をする場所です」
という神社からのメッセージが記されていました。
私は神社参拝の記事を書くために写真を撮影しています。
そこで、このままブログに掲載してよいのだろうかと思い、社務所へ行って確認することにしました。
この行動が、今回の記事を書くきっかけになりました。

【写真:拝殿へ続く参道の両側には狛犬が鎮座する】
社務所で聞いた「金劔宮」とネット情報との違い
ブログへの掲載について確認するとともに、金劔宮についていくつか質問させていただきました。
そこで知ったのが、ネット上で広まっている「金運神社」としての金劔宮と、神社側の認識との違いです。
特に私が気になっていたのが、金劔宮について頻繁に語られる著名人の参拝です。そう、あなたもよくご存じのあの方です。
インターネット上では、ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏や、船井総合研究所創業者の船井幸雄氏などと金劔宮を結びつける情報を目にすることがあります。
ところが社務所で伺った範囲では、神社関係者の方々は両氏が参拝したところを確認していないとのことでした。
もちろん、
「見たことがない」=「絶対に参拝していない」
ということではありません。
誰にも気付かれず一般参拝をされた可能性まで否定することはできません。
したがってこの記事でも、「参拝していない」と断定するつもりはありません。
ただ、ネット上で繰り返されている情報について、現地で神社の方に確認したところ、そのような回答だったことは記しておきたいと思います。
船井幸雄氏の『イヤシロチ』と金劔宮について
金劔宮と「金運」の関係を調べていくと、しばしば名前が登場するのが船井幸雄氏です。
特に著書『イヤシロチ』と金劔宮、そして境内の乙劔宮との関係について、さまざまな情報がインターネット上に存在します。
そして、そこから
「船井幸雄氏が金劔宮を金運神社として紹介した」
「日本三大金運神社の一つとして広まった」
といった話につながっている可能性があります。
しかし、この点について私は現段階では断定しません。
なぜなら、この記事を書いている時点で私は『イヤシロチ』の原典をまだ自分自身で確認していないからです。
今後、実際に本を読み、
- 金劔宮について何と書かれているのか
- 乙劔宮について何と書かれているのか
- 「金運」という表現が使われているのか
- 船井氏自身が参拝したとの記述があるのか
- 「日本三大金運神社」という表現が本当に存在するのか
を確認したうえで、必要に応じてこの記事へ追記したいと思います。
ネットで誰かが書いたことを、さらに別の誰かが引用する。
それを繰り返しているうちに、最初の情報とは違った話になってしまうことがあります。
だからこそ、原典を自分で確認してから書きたいと思います。
「最強の金運スポット」といわれる乙劔宮も、話を聞くと印象が変わった
金劔宮の境内で、特に「強力な金運パワースポット」などとして紹介されることが多いのが乙劔宮です。

【写真:乙劔宮】
私も当然、金運との関係を意識して参拝しました。
しかし社務所でお話を伺うと、私がネットから受けていた印象とは違いました。
そのため、ここでも単純に「ここへ参拝すれば金運が上がる」と紹介することはしません。
むしろ、
なぜ乙劔宮がこれほどまでに「金運最強スポット」としてネット上で紹介されるようになったのか。
そこを『イヤシロチ』の記述なども含め、改めて確認する必要があると感じています。

【写真:金劔宮の境内。乙劔宮周辺】
金劔宮の金運守りは品切れだった
金劔宮では、実際に金運お守りが授与されています。
ところが私が参拝したときには――。

【写真:金劔宮の社務所に掲示されたお守り一覧】

【写真:金運お守り「品切れ」の表示】
品切れでした。
金運神社として全国的に知られるようになった影響の大きさを感じます。
さらに社務所で伺ったところでは、授与されたお守りがインターネット上で転売されることもあるそうです。
境内には、お守りや御神札がネット上で転売されていることについて注意を促す掲示もありました。

【写真:お守り・御神札の転売についての掲示】
そこには、授与されたものを他者へ売買することは、お守りや御神札本来の意味を著しく損なうという神社からのお願いが記されています。
罰当たりな不届き者のせいで、他の参拝者にも多大なる迷惑がかかります。
「金運」という言葉だけが一人歩きした結果、神社が望んでいないところまで影響が広がっている。
この掲示を見て、そんなことも考えさせられました。
金劔宮の「三種の神器お守り」と御札をいただく
金運お守りは品切れだったため、こちらも参拝者に人気の三種の神器お守りをいただきました。

【写真:三種の神器お守り】
そしてもちろん御札もいただきました。

【写真:金劔宮の神符】
金運守りを得られなかったのは残念でしたが、品切れならそれもご縁。
無理に手に入れようとは思いませんでした。
金劔宮では現在、御朱印をいただけなかった
もう一つ、意外だったことがありました。
御朱印です。
社務所には、
「御朱印は致しておりません。」
との掲示がありました。

【写真:「御朱印は致しておりません。」の掲示】
私が参拝した令和8年8月では、御朱印をいただくことはできませんでした。
インターネットには過去の御朱印の写真や情報も残っていますが、社務所で伺ったところ、令和元年を最後に御朱印は行っていないとのことでした。
また、社務所の方のお話では、今後についても御朱印が再開される可能性は低いようです。
ただし、今後の対応が変更される可能性もありますので、御朱印を希望される方は参拝時に最新の情報を確認してください。
ここまで「日本三大金運神社」という情報について書いてきました。
しかし、実際に金劔宮を歩いてみると、それだけで参拝を終えてしまうのはもったいない神社でした。
金劔宮は紀元前95年に創祀されたと伝えられ、古くは「劔宮」と呼ばれていました。鶴来という地名の由来ともされ、古来、白山七社の一つに数えられた歴史ある神社です。
ここからは、私が実際に歩いた境内を写真とともに紹介します。
金劔宮の七社巡り
金劔宮では七社を巡ることができます。

【写真:境内案内図】
私は今回、七社すべてに手を合わせました。
ネットで「金運」について調べるだけではなく、せっかく金劔宮まで来たのなら、ぜひ境内を歩いてみてほしいと思います。
本殿

【写真:金劔宮の拝殿】
まずは金劔宮の中心となるお社へ。
静かに手を合わせてから、境内の七社を巡っていきます。
① 乙劔社(おとつるぎしゃ)

【写真:乙劔社】
インターネット上では、乙劔社(おとつるぎやしろ)と船井幸雄氏の著書『イヤシロチ』を結びつけ、「金運スポット」として紹介している情報を数多く見かけます。
ただし、私は現時点で『イヤシロチ』の原典を確認していないため、このブログではその関係を事実として断定しません。原典を確認した後、必要に応じて追記します。
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が祭られています。
日本神話に登場する「山幸彦(やまさちひこ)」としても有名な神様です。
五穀豊穣、大漁満足、航海安全、縁結びなどの御神徳があるとされています。
社務所でも確認しましたが「五穀豊穣」の神様なので、金運とは直接関係は無いとのことです。
なんだか急に肩の力が抜けていくような気がしました。
② 恵比須社

【写真:恵比須社】
事代主神(ことしろぬしのかみ)が祭られています。
事代主神と言われれると、ピンとこない人もいるかも知れません。
世間的にはエビス様という名前の方が一般的ですよね。
神話の中で釣りをしていた逸話などから、漁業や商業の神様である「えびす様」として広く親しまれています。
経営者が商売繁盛を祈願するのなら、乙劔社よりもどちらかといえば、こちらの恵比須社を参拝した方がご利益があるように思うのは私だけでしょうか?
③ 金刀比羅宮

【写真:金刀比羅宮】
ご祭神は崇神天皇(すじんてんのう)。日本のはじめの国づくりを進め、大和朝廷の政治や軍事、神様をまつる仕組みの基礎を作った第10代の天皇です。
④ 丈六神社

【写真:丈六神社】
丈六神社(じょうろくじんじゃ)。
ご祭神は 釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)です。歴史上の仏教の開祖である「お釈迦様」の正式な尊称です。
⑤ 粟島神社

【写真:粟島神社】
粟島神社には、少彦名神(すくなひこなのかみ)がお祀りされています。
少彦名神は、大国主神(おおくにぬしのかみ)とともに国づくりを行った神様として知られ、医薬や健康などとも深い関わりを持つ神様です。
⑥ 招魂社

【写真:招魂社前の鳥居】
拝殿に向かって一番左奥に招魂社があります。
ご英霊が祀られています。

【写真:招魂社】
そして――。
これで七社巡りは終わりではありません。
最後の一社は、ここから少し離れています。
七社目へは地下道を通って向かう
最後のお社へ向かうため、社務所の前から地下道へ向かいます。
実はこちらに気づかずに帰ってしまう参拝客が多く、もったいない気がします。

【写真:地下道から不動滝や石清水薬師不動尊へつづく案内図】

【写真:地下道への入口】
異世界へといざなってくれる秘密の扉のようで、ワクワクしながら地下道へと階段を下っていきます。

【写真:地下道へと下る階段】
人がひとり通るのがやっとといった感じ。

【写真:地下道】
地下道の壁には紫陽花が描かれていました。
今回の参拝で妙に記憶に残っています。
そして地下道を抜けた先に、最後のお社があります。
⑦ 七社目・石清水薬師不動尊

【写真:石清水のお社】
古来より健康医薬の信仰があり、湧出する水は濁りがなくきれいに澄んでいて冷たい飲料水で「鶴来の石清水」として知られています。
ようやく七社すべてを参拝しました。
この場所まで歩いてみると、拝殿周辺だけを参拝したときとは、金劔宮に対する印象が少し変わります。
石清水薬師不動尊のすぐ近くには「金劔宮の不動瀧」
最後のお社まで来たならお分かりいただけると思いますが、すぐ近くに滝があります。

【写真:金劔宮の不動瀧】
かつては修験者が修行をするための滝。禊(みそぎ)の道場だったそう。
高さ16mのこの不動瀧が厳冬期には樹氷のように凍るそうだ。
岩肌を流れ落ちてきた真夏でも冷たい水の中を鯉が気持ちよさそうに泳いでいました。
金劔宮境内のみどころ
金劔宮の境内にはみどころがいくつかあります。
簡単に紹介させていただきます。
天の眞名井|古くから伝わる水
境内には天の眞名井があります。

【写真:天の眞名井】
白山市の観光情報では、江戸時代の資料に記された池が、現在の「天の真名井」として残っていると紹介されています。
また石川県の観光情報では、天平年間から伝わり、干天や大雨でも水量が変わらないと住民から敬慕された古池として紹介されています。
金運とは別のところにある、金劔宮の不思議を感じられる場所でした。
源義経が腰掛けたと伝わる「義経腰掛石」
金劔宮には源義経にまつわる伝承も残っています。

【写真:義経腰掛石は源義経が腰かけたと伝えられている】
奥州へ向かう途中の源義経が金劔宮を参拝したときに腰かけたと伝わる義経腰掛石が境内に残されています。
石川県の公式観光情報でも、源義経が奥州へ向かう途中に金劔宮へ参拝したという伝承が紹介されています。

【写真:義経腰掛石】
神霊が降臨したと伝わる「天忍石」(牛石)
義経腰掛石のすぐお隣には天忍石があります。
その昔、神霊が降臨したと伝えられています。

【写真:天忍石(牛石)】
別名は牛石と呼ばれているようですが、牛の形にあなたは見えますか?

【写真:天忍石(牛石)】
本当に亀のように見える「亀石」
さらに牛石のとなりには亀石があります。

【写真:亀石】
上から見ると、大きな甲羅と頭、四本の足があるように見えます。
参拝した時にはぜひとも確認してみてください。
金劔宮の御神木

【写真:御神木】
境内には、注連縄が掛けられた立派な御神木があります。
近くから見上げると、写真以上にその大きさを感じました。
また金劔宮の社殿背後には約5,500平方メートルのウラジロガシ林が広がり、石川県指定天然記念物となっています。
金運だけではない。
長い年月をこの場所で積み重ねてきた金劔宮の空気を感じながら、境内を歩きました。
拝殿横に鎮座する狛犬
参拝客でもほとんどの人が見過ごしてしまうのが、拝殿横の狛犬です。
神が宿るとされています。
まずは拝殿に向かって左側の狛犬。

【写真:拝殿に向かって左側の狛犬】
拝殿右側の狛犬は立ち入り禁止区域に鎮座しているので近づくことが出来ません。
遠目から写真に収めました。
このアングルで撮影するのがせいいっぱい。

【写真:拝殿に向かって左側の狛犬】
金劔宮の駐車場|実際に見た印象では15台ほど

【写真:駐車場】
金劔宮の駐車場は広くありません。
鶴来観光の公式情報では15台と案内されていますし、実際に私が参拝した時も15台以上の駐車は困難だと思いました。
それでも参拝中、次々と車がやってきました。
私が確認しただけでも、
秋田、とちぎ、つくば、水戸、板橋、川崎
などのナンバーがありました。
特に驚いたのは、関東をはじめ遠方から来ている車が多かったことです。
これは統計ではなく、あくまで私が参拝したときに実際に確認した車のナンバーです。
それでも、全国から金劔宮を目指して訪れる人がいることを実感するには十分でした。
ちなみに私の車のナンバーは『なにわ』です。
なお公共交通機関では北陸鉄道石川線・鶴来駅から徒歩約12分と案内されています。
「日本三大金運神社」を三社巡って、私が考えたこと
私はこれまで、
山梨県の新屋山神社。
千葉県館山市の安房神社。
そして今回、石川県白山市の金劔宮。
一般に「日本三大金運神社」として紹介される三社を実際に訪れました。
しかし三社目となる金劔宮で、私は立ち止まることになりました。
そもそも「日本三大金運神社」とは何なのだろう。
そして振り返ってみると、以前参拝した安房神社についても、神社の由緒そのものが「金運」を前面に掲げていたという印象はありませんでした。
もちろん金運に関するお守りが授与されていることと、その神社が「日本三大金運神社」であることは別の話です。
ネット検索をすると、同じ表現が何十、何百というサイトに書かれていることがあります。
すると、それがいつの間にか「事実」のように見えてきます。
私自身もそうでした。
だからこそ今回、金劔宮まで実際に足を運び、神社の方に直接話を聞けたことには大きな意味があったと思っています。
金劔宮を参拝して分かったこと|「金運」だけを見て帰るのはもったいない
私は「日本三大金運神社」の一社だと思って、金劔宮を訪れました。
そして、金運守りをいただき、金運で有名な場所へ参拝するつもりでした。
ところが実際に訪れてみると、金運守りは品切れ。
御朱印もありませんでした。
そして社務所で話を聞き、「日本三大金運神社」という情報そのものについて考えることになりました。
しかし、不思議なことに、それで金劔宮に来たことを残念だとは思いませんでした。
むしろ、その逆です。
七社を巡り、
天の眞名井を見て、
義経腰掛石に足を止め、
牛石や亀石を眺め、
御神木を見上げ、
地下道を歩き、
最後のお社へ参拝し、
その先の不動瀧まで歩く。
そこには、
「日本三大金運神社」という一言だけでは分からない金劔宮がありました。

【写真:金劔宮の境内】
ネットで調べるだけなら、私は「金運最強の神社」と書いて終わっていたかもしれません。
でも実際に歩いてみると違いました。
そして神社の方に話を聞いたことで、さらに違って見えました。
だからこの記事では、
「金劔宮へ行けば金運が上がる」
とも、
「金劔宮に金運の御利益はない」
とも断定しません。
私が伝えたいのはもっと単純なことです。
ネット上で繰り返されている情報と、実際にその場所へ行って分かることは、必ずしも同じではありません。
もちろん私は社務所で許諾を得てから、このブログを書いています。
金劔宮の社務所の方たちも嘆いておられましたが、神札や金運守りを転売している人もいるのは事実です。
もしもあなたが金劔宮を訪れる機会があれば、「日本三大金運神社」という言葉だけを目的にせず、ぜひ境内をゆっくり歩いてみてください。
金運という言葉の向こう側にある、長い歴史を持つ金劔宮そのものに出会えると思います。
金劔宮の御祭神|主祭神は天津彦彦穂瓊々杵尊
金劔宮の御本殿には、主祭神として天津彦彦穂瓊々杵尊(あまつひこひこほににぎのみこと)がお祀りされています。
金劔宮社務所の資料によると、御本殿にお祀りされている神々は次のとおりです。
- 天津彦彦穂瓊々杵尊(あまつひこひこほににぎのみこと)
天照大神の御孫で、神武天皇の御曽祖父 - 大国主命(おおくにぬしのみこと・大国さん)
- 猿田彦命(さるたひこのみこと)
- 日本武尊(やまとたけるのみこと)
- 大山咋命(おおやまくひのみこと・酒の神さま)
- 菅原道真(すがわらのみちざね・天神さん)
「金劔宮」という名前や「金運神社」としての知名度から、金銭や財運を司る神様が主祭神なのではないかと思う方もいるかもしれません。
しかし、主祭神は天津彦彦穂瓊々杵尊です。
私が今回の参拝で興味深く感じたのは、金運というイメージだけでは見えてこない、金劔宮本来の信仰の姿でした。
境内には御本殿だけでなく、乙劔宮をはじめとする境内社が鎮座しています。
「日本三大金運神社」という言葉だけを頼りに参拝するのではなく、どのような神様がお祀りされ、どのような信仰が受け継がれてきたのか。
実際に境内を歩いてみると、金劔宮には「金運」の一言では収まらない歴史と信仰があることがわかります。

【写真:金劔宮の拝殿】
金劔宮の由緒|紀元前95年創建と伝わる古社
金劔宮(きんけんぐう)は、石川県白山市鶴来日詰町に鎮座する歴史ある神社です。
金劔宮の資料によると、その創建は崇神天皇3年(紀元前95年)と伝えられています。
古くは「劔宮(つるぎのみや)」と称され、金劔宮の鎮座する「鶴来(つるぎ)」という地名も、もともと「劔」に由来するとされています。
江戸時代の元禄以降には「金劔宮」の名称が使われ、現在の社号へとつながっていきました。

【写真:金劔宮の扁額】
『白山記』『源平盛衰記』などにも記録があり、古くから白山七社の一つに数えられ、白山本宮・三宮・岩本宮とともに「本宮四社」とされた由緒ある神社です。
また、寿永2年(1183年)には、木曽義仲が倶利伽羅峠の戦いで勝利したことへの感謝から、鞍置馬20頭を寄進したと伝えられています。
さらに『義経記』には、奥州へ向かう源義経が金劔宮に参拝し、夜もすがら神楽を奉納したとの伝承が記されています。
現在の境内には、その義経にまつわる「義経腰掛石」も残されています。
こうして由緒をたどってみると、金劔宮は「金運神社」として知られるようになるはるか以前から、この地で長く信仰を集めてきた神社であることがわかります。
現在は御本殿を中心に複数の社が鎮座し、境内七ヶ所を巡る「七社巡り」をする参拝者も多く見られます。
金劔宮へのアクセス
金劔宮は、石川県白山市鶴来日詰町に鎮座しています。
公共交通機関を利用する場合は、北陸鉄道石川線「鶴来駅」から徒歩約10分。金劔宮の案内資料にも、このアクセス方法が記載されています。
所在地は次のとおりです。
金劔宮(きんけんぐう)
所在地:石川県白山市鶴来日詰町巳118番地
電話:076-272-0131
車で参拝する場合は、出発前に地図やカーナビで「金劔宮」を確認しておくと安心です。
また、七社巡りの一社である岩清水薬師不動尊(石清水社)と不動滝は、拝殿やほかの社が集まる中心境内から少し離れています。
私が実際に参拝した際には、道路を直接横断するのではなく、地下道を通って向かいました。
七社すべてを巡る場合は、拝殿周辺だけで参拝を終えず、岩清水薬師不動尊(石清水社)まで足を延ばしてみてください。
金劔宮についてよくある質問
金劔宮は日本三大金運神社ですか?
インターネットでは、新屋山神社・安房神社とともに「日本三大金運神社」と紹介されることがあります。しかし今回、金劔宮の社務所で確認したところ、神社自身がその名称を掲げているわけではありませんでした。「誰が、いつ、どのような根拠で三社を選んだのか」については、今後『イヤシロチ』などの原典も確認して追記します。
金劔宮で金運守りはいただけますか?
金運守りはありますが、私の参拝時には品切れでした。授与状況は変わる可能性がありますので、現地で確認してください。
金劔宮の御朱印はありますか?
私の参拝時には社務所に「御朱印は致しておりません。」との掲示があり、御朱印をいただくことはできませんでした。過去の情報と現在の対応が異なる場合があります。
金劔宮には駐車場がありますか?
あります。鶴来観光の案内では15台とされています。
金劔宮は七社巡りができますか?
境内には複数のお社があり、七社を巡る参拝ができます。最後のお社は中心となる境内から少し離れているため、現地案内を確認して参拝することをおすすめします。
まとめ|「金運」だけでは語れない金劔宮を実際に歩いてみて
金劔宮を調べると、「日本三大金運神社」「金運最強」「金運のパワースポット」といった言葉を目にすることがあります。
私自身も、そうした情報を知ったうえで金劔宮を訪れました。
しかし、実際に境内を歩いてみると、印象に残ったのは「金運」という言葉だけではありませんでした。
長い歴史を伝える御本殿と拝殿、境内に祀られた神々を巡る七社巡り、天の眞名井、義経腰掛石、天忍石、亀石、そして中心境内を離れて向かう岩清水薬師不動尊と不動滝。
一つひとつ歩いていくことで、金劔宮が長い歴史のなかで信仰されてきた神社であることが見えてきます。
そして今回、私が特に大切にしたかったのが、「日本三大金運神社」という情報をそのまま書かないことでした。
実際に現地を訪れ、社務所でも話を伺ったうえで確認できたことと、確認できなかったことを分けてこの記事に残しました。
「金運神社だから行く」。
もちろん、それも金劔宮を知るきっかけの一つだと思います。
でも、せっかく金劔宮まで足を運ぶのであれば、拝殿だけで参拝を終えるのではなく、ぜひ境内をゆっくり歩いてみてください。
そして七社を巡り、天の眞名井や義経腰掛石を見て、地下道の先にある岩清水薬師不動尊と不動滝まで歩いてみてください。
検索画面で見ていた「金運神社」とは少し違う、実際にその場所を歩いたからこそ見えてくる金劔宮に出会えると思います。
なお私は金劔宮だけでなく、「日本三大金運神社」として名前が挙げられる安房神社、新屋山神社にも実際に参拝しています。
